信者は裁判所に対し、キリストが敵さえも愛するように教えたことを思い起こさせた上で、次のように問いかけました。「このような行動様式に過激主義的活動の要素が認められるでしょうか。答えは明らかです——いいえ。しかし、まさにこの点で私は今、非難されています。」
書き起こし:
いつの時代にも、人々は神を信じてきましたし、これからも信じ続けるでしょう。これは非常に重要なことであり、人の霊性、道徳心、そして良心の清らかさがこれに関わっています。しかし、聖書を読まずにどうやって霊性を保つことができるでしょうか。聖書は、慈愛深い父なる神からのメッセージであり、愛を保証し、慰めと励まし、導きを与えてくださるものです。例えば、聖書にはこのようにあります。「わたしはあなたの神、主であり、あなたのためになることを教え、歩むべき道を導く」。もし人々が聖書の助言を実践するなら、世界ははるかによい場所になるでしょう。
聖書を読むうちに、この書がいかに賢明なものか、ますます理解するようになりました。人生のあらゆる場面での助言が記されています。私はすでに29年間聖書を学んでいます。その知識のおかげで、人を憎まず、誰かを暴力や残酷さに駆り立てることもありません。私は過激主義には反対です。ある男性が、なぜ私たちは何年も聖書を読み続けているのかと不思議がっていました。それは、聖書が神の知恵の書だからです。エホバ神はこの本を人生の指針として与えてくださったのであり、創造者として、何が最善かをご存知です。聖書は単に読むだけでなく、よく考え、何よりそこで得られる助言を実生活で生かすべきです。
例えば、このような例があります。「人にしてもらいたいと思うことは、あなた方もその通りにしなさい」「わたしはあなた方に言います。敵を愛し、あなた方を呪う者を祝福し、憎む者によくし、あなた方を侮辱し迫害する者のために祈りなさい」。このような行動の模範が過激主義に当たるでしょうか。答えは明らかです。いいえ。しかし、まさにそれで私はいま非難されています。
聖書には、神が悪や暴力を望んだことは一度もなく、ご自分に仕える者たちにも同じ考えや姿勢、心を持つことを求めていると記されています。そしてイエスは山上の垂訓でこう言いました。「平和を作る人は幸いです…柔和な人は幸いです…憐れみ深い人は幸いです…心の清い人は幸いです…敵を愛し、あなた方を迫害する者のために祈りなさい。そうすれば天の父の子となります」(マタイ5~7章)。私はこれを十分に自覚し、そのとおりに生きるよう努め、最終的に父なる神に認められることを望んでいます。
これまでの年月、私は国家の法律を一つも破っていませんし、きちんと税金も納めてきました。本件においては、被害者や損害を受けた人もいません。つまり、私が裁かれている理由は、エホバの証人の宗教を実践し、聖書の記述を他の人と分かち合っているということだけなのです。
イエス・キリストは死の前夜、こう言われました。「新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。わたしがあなた方を愛したように、あなた方も互いに愛し合いなさい。あなた方の間に愛があれば、すべての人は、あなた方がわたしの弟子であることを知るでしょう」。これはヨハネによる福音書13章34、35節からの引用です。キリストは弟子たちに互いに愛し合うことを命じました。実生活でこれは、キリスト者は自分の敵さえも愛するべきことを意味します。ルカによる福音書6章27~31節には「わたしの言うことを聞くあなた方に言います。敵を愛し、あなた方を憎む者に良いことをし、あなた方を呪う者を祝福し、あなた方を侮辱する者のために祈りなさい」とあります。したがって、すべてのキリスト者が無償の愛を示すことが重要であり、それは誰から見ても明らかでなければなりません。利他的な愛こそが真のキリスト者の特徴です。
私はそのような愛を示すよう努めています。愛は本質的に肯定的なものであり、否定的ではありません。愛は築き上げ、破壊しません。愛と過激主義とは何の関係もありません。過激主義は憎しみ、暴力、敵意です。本件の資料には何が記されているでしょうか。私が過激主義、すなわち憎しみ、敵意、暴力を示した証拠があるのでしょうか。行動どころか、一言一句すらも存在しません。
ロシア連邦最高裁判所は、エホバの証人の宗教そのものを禁止したわけではありません。最高裁の判決にも、信者が集まり、礼拝を行い、信仰の見解を分かち合うことが禁じられているという記載はありません。むしろ、エホバの証人の信仰自体を違法とは見なしていないことが明言されています。したがって、私は国家の法律に違反してはおらず、イエス・キリストの命令を実行し、エホバ神の前で清い良心を保っています。ロシア連邦憲法第28条は、聖書を読み、その内容を他の人と分かち合う権利を私に保証しています。私と過激主義を同一視した検察側に深い悲しみを覚えます。
古代ギリシャの哲学者ソクラテスは、「すべての職業は人間から来ているが、三つは神から来ている。それは教師、医者、裁判官である」と言いました。確かに、 …